2022/12/23 16:17

 以下イレーネさん記事



子供の頃から柿がとても好きでした。大抵の果物が四季を問わず1年中手に入る今の時代でも、新鮮な柿は秋限定の「季節の食べ物」。まさに本格的な秋の到来を教えてくれる果物です。華々しさよりも、どことなく侘び寂び感を感じる控えめな果樹、柿。少し刹那的な存在なのも魅力ではないでしょうか。
 
 さて、ずっと素朴な疑問がありました。
 
「柿農家さんって、秋以外はどんなことをしているんだろう?」
 
 今でこそなんと失礼な質問か!と自分を叱ることができるのだけれど、食べることしか興味がなかった子供時代には考えたこともなかった!そんなわけで、全国1位の次郎柿の産地として知られる(いや、もっともっと知られて欲しい!)、愛知県豊橋市のしげはら農園を訪れ、3代目の繁原さんご夫妻に話を聞いてみることにしました。
 
 もともと静岡県周智郡が原産の次郎柿ですが、現在では県境を超えた愛知県豊橋市が全国で最も多い出荷量・栽培面積を誇るのだそう。豊橋の地にたどり着いたのは今から100年以上前のことです。
 
「このエリアの土は石が多く水はけも良くて、柿にとって適度に厳しい条件になるんです。果樹の場合木が大きくなれば良いということではなくて、ある程度危機感を持たせることが必要。だからこそ子孫を残そうと実をつけるんですね。山側の柿のほうが美味しい柿が出来ると言ったりもしますが、とにかく根の張りが浅く伸び過ぎない、というのが大切な条件になります」
 
 若き柿農家、繁原大樹さんが教えてくれました。ストレスがかかるからこそ、美味しい実をつけるということ。陳腐な表現かもしれないけれど、まるで人生のよう!兼業農家として柿を作ってきた2代目のお父さんの後を継いだ繁原さんは今、兼業ではなく「専業」の柿農家として日々奮闘しています。
 
「周りには反対されました。でもどうせやるなら振り切りたかったんです。若い世代で柿を作っている人は自分以外にまわりには全然おらず、さらに柿作りをやめてしまう農家さんも後を絶たない。そんな中、せっかく長い柿作りの歴史があるこの地域の風景を守るためにもやってみたいと思いました」
 
 柿農家の1年で一番忙しいのは、やはり収穫の時期。次郎柿の場合は10月の中旬から11月中旬にかけてがシーズンで、朝6時過ぎから15時頃まで収穫するんだとか。それで終わりと思いきや、そこから箱詰め作業をし、夜には出荷まで一気に行います。「15時を過ぎると日が落ちて柿の色が明るく見えてしまい、熟しているのか見分けがつきにくいんです」なるほど!あまり日持ちのしない次郎柿はとにかく収穫してから出荷までもスピード勝負。この1ヶ月ほどはとにかく目が回るほど忙しいそうです。
 
 秋の収穫が1年の集大成であることから、柿農家の年間スケジュールは冬から始まる、というように考えるんだとか。冬の間に枝を剪定し、春には新しい葉が芽吹いてきます。5月頃からは柿の木の摘蕾や摘果などが始まり、気づけばまたあっという間に秋!「やはり柿の木を中心に1年が回っていき、収穫が終わると1年が終わったなぁと感じますね。春夏秋冬ではなく、その時期の仕事によって1年を区切るようになった気がします」
 
 大変なのはもちろん始めから覚悟していた繁原さん。結婚して柿作りに携わるようになった妻の悠さんも、忙しさは想像できていたと話します。顔を見合わせ笑顔で語り合う様子からは、苦労しながらも力を合わせて試行錯誤されている様子が伝わりますが、そんな2人にとって1番の試練となったのは、天候との戦いでした。
 
「こればかりは自分たちの力ではどうにもならず、祈るしかないですよね。1番参ったのは2019年、収穫の時期に雹が降ったこと。既に収穫の終盤だったのがせめてもの救いでしたが、残っていた柿はほぼ全滅でした。この仕事に必要なのは体力以上に精神力、メンタルなんだなというのを実感した瞬間です。日々の天気予報で気持ちがユラユラするのは、農家をする上でなかなか大変なことのひとつかもしれません。」
 
 1年に何度も収穫することの出来るハウス栽培などと違い、柿は1年に一度だけしか収穫期のない果物です。柿作りを始めて5年目という繁原さんにとっては、この秋がやっと5度目の収穫。「柿は成長に時間がかかるので、収穫までの経験値という意味では本当にまだまだなんです」当初は他の多くの農家のように、季節に応じて様々な野菜や果実を同時に作ることも考えたそうですが、次第に考えが変わっていきました。「やっぱり柿って捨てたもんじゃないな、というか面白さを感じて今に至ります」
 
 若い人にも柿作りに関心を持ってもらえるよう、専業を成功させたい。いや、させなければ!自分へのプレッシャーは感じつつも、確かに感じる手応えと面白さ。農業への興味はもちろん、とにかくまず大人も子供も柿に親しみ、柿のこと、地域の名産のことを知ってほしいと、言葉に熱が入ります。春夏秋冬1年をかけて成長する果実に合わせ、季節の厳しさや恩恵、悔しさや喜びを感じる生き方は、むしろとても羨ましく感じられました。
 
 まだまだ畑を広げていきたいと語る2人に、これから力を入れたいことは、と聞いてみると…?返ってきたのは「自分たちで販路を作っていくこと」という答え。
 
「初めてインターネット通販で販売をした時からリピーターとして買ってくださる方がいて…実は最初はあまり好意的ではなかったんです。至らないこともあったかとメールのやり取りをしているうちに何故か毎年買ってくれるようになり、最終的にはファンになってくれて、息子が生まれた際には贈り物をしてくれるまでの関係に!柿を作ることはもちろん、買ってくださるお客様と丁寧なやり取りをすることも大切だなと感じています」
 
 柿にもっと慣れ親しんで欲しいとジャム(これがまた美味しい!)などの加工品にも取り組んでいる繁原さん夫妻は、家族で美味しいアレンジレシピも日々模索しているそう!それは是非知りたい!柿農家がオススメする美味しい次郎柿の食べ方は…?
 
「固くてシャキシャキしているのが次郎柿の特徴なので、人参の代わりにサラダにしたりポテトサラダに入れてみたりするのがオススメです。肉や乳製品ともよく合うので青椒肉絲やヨーグルト、オイスターソースにも合うんですよ。それに息子も1歳くらいの頃から歯固めのようにガリガリ食べていました!」
 
 地域の小学校などで柿作りの話をしたり、贈答用の箱に塗り絵をデザインしたり、畑の見学も受け付けたりと、地域の未来を担う子供たちへも積極的に発信を続ける2人。最後に悠さんが静かに語った、将来のイメージが印象的でした。
 
「5年、10年先…息子が小学生になったら、近所の子を連れて収穫などに遊びに来て欲しいです。食べさせて!と頼まれたらいくらでも食べなさいと言えるようになっていたらいいなと思います。どんどん食べて、身近に感じて欲しい。1人でもこの景色に愛着を持ち、守りたいと思ってもらえるように、わたしたちが頑張りたいです」
 
 ゆっくりと時間をかけ、困難を乗り越えて美味しい実をつける柿の木。似ているなと思ったのは人生ではなく、次の世代の地域や子供たちの未来のために奮闘する繁原さん夫妻の姿そのもの。そんな気がしました。
 
インタビュー日:2022年7月4日 しげはら農園にて
聞き手:イレーネ